gogo☆sahara

サハラ砂漠から東京砂漠を経て、安房のオアシスに漂着。ここは本当にオアシスか否か?!
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行って来ました、ヴィパッサナー瞑想
 東京生活をしていた時からずっと行きたいと思っていた
ヴィパッサナー瞑想に、やっと行く事ができました!


私が出会った人達には、このヴィパッサナーを経験している人が多くて
皆いい体験やった、行った方がいいよ、と言い
初めての人は必ず10日間のコースを受けなあかんくて、
最後の1日以外は人と口を聞いてはいけない。
お金はドネーション形式で
思った金額を払えばいい、という内容やった。


初めてヴィパッサナーの事を耳にした時から、
なぜか凄く惹かれるものがあって
私も行きたいなぁって思ってて念願叶ってんけど、

朝から晩までひたすら瞑想瞑想瞑想。
足は痛いし、じっと座ってる事が辛くて

こんなん無理!
まだあと8日間もあるなんて、無理や〜

と投げ出したくなる事数回。
そういえば私、ヴィパッサナーがいったいどういうもんか
何も判らずに来たなぁ。
残りの8日間、いったい何があるんやろう。



知らない人たちと一緒に毎日瞑想して、
目を合わさず、会話もせずに食事をする毎日。

4時に起きて観る星空や月に心を癒され、
綺麗な満月からどんどん月が欠けて行く様子や
星の動き、フクロウや鳥のさえずりに耳を傾け一人で感動する毎日。

瞑想に集中できず、時間がなかなか経たない時もあれば、
あっという間に感じる事もあったり。


普段唾ってどうやって呑み込んでたんか判らんくなるくらい
唾がいっぱい出てきたり、げっぷが出てくる時もあれば、
静かに呼吸できる時もあったり。


昔の記憶が蘇って来たり、笑いが込み上げて来たり
妄想の世界で一人お喋りを続ける自分がいたり。


全てが初めての体験で、だんだんもうすぐ終わる事への喜びと
こんなに瞑想に集中できるのももう終わってしまうんやという悲しみもちょっぴりあったりして。



やっと話す事への許可が下りた日、同じ食堂とは思えないほど
様子も空気感も様変わりした、笑顔と声が溢れる食堂にびっくりした。

一緒に座って来た仲間と自己紹介したり、気持ちを分かち合ったり。
今まで休憩時間を持て余してたのに、話せるようになった途端時間の流れが速く感じた。


そして最終日。
10日間お世話になったセンター内のお掃除をして、皆とお別れ。
その時の流れで、奉仕スタッフの方たちのお手伝いをして
一緒にグループ瞑想をし、皆でカフェ風流に行ってずっと会いたかった
友達と再会!

毎日シャワー生活やったから、ヴィパッサナー仲間と温泉入って
その後我が家で再びグループ瞑想。

なかなか寝付けなくて何度も目覚めた上に4時起床で疲れてたはずやのに、
皆と楽しく過ごして結局寝たのは1時前かな?
でも最後まで元気やった。

ヴィパッサナー、是非またトライしたいし、
海外のセンターでも受けてみたいし、
奉仕でも参加したい。

今まで出会った皆が言ってたように、ほんまにいい体験やった。
上手く説明はできんけど、機会があったらより多くの人たちに経験してほしいです。


今回コースで一緒になった人の中に3人の外国人がいたけど、
そのうち2人はヴィパッサナーを受ける為だけに日本に来たそうです。
最近は新婚旅行で一緒にヴィパッサナーを受ける人もいるそうですよ。

興味のある方はこちらのサイトをチェックしてみて下さい。
日本ヴィパッサナー協会
http://www.jp.dhamma.org/index.php?L=12
Centipede
 実家に行ったら、透明のケースに沢山ムカデが入ってて、
これ何?って聞いたら、飼ってるねんて言われた。
怖がる私を面白がって、ケースからムカデを放たれ、逃げ惑う私。


という、目覚めの悪い夢を見た。
あ〜、やだやだ。
時間あるから、ソラマメでも剥きながら
キッチンでゆっくり過ごそう。

そう思ってキッチンに行って、
生姜湯を作って飲んだままやったヤカンをまず洗った。
スポンジでガシャガシャやって、ジャーとひっくり返したら
中からムカデが出て来た


Ш نسمZ★#ж!

仰け反りながら、言葉にならん声を発した。
流しを覗き込むと、動き回るムカデが見える。

怖い><怖い><怖い〜


怖いけど、誰かが助けてくれる訳もなく、
放置する訳にも行かず、自分で何とかするしか無い。
こんな時悲しい、一人暮らし


ムカデが出たら熱湯をかけるって聞いてたから、
とにかくお湯を沸かしてかけた。

動きが止まったはいいけど、流しから取り出さなあかん。
トングを使って何とか外に運んだ後は、
もうぐったり&しばらく放心状態。


少し落ち着いたら、思い出した。
キブツで部屋をシェアしていたエマの声で目覚めた私。
Centipede なんちゃらかんちゃらって叫んでる。

何や判らんけど、ベッドの上で飛び起きた。
エマは私のサンダルを掴み、何かを思いっきり叩いてる。
何なん?Centipede ていったい何なん???

これがCentipedeや、て見せてくれたんが、
動かなくなったムカデやった。
靴を履いたら中におってんて

エマには毎日英文を書いてもらっててんけど、
その日は勿論、Centipedeについてやった・苦笑


今日帰宅した私は、スリッパをひっくり返して
中に何もおらんのを確認してから履きました


JUGEMテーマ:日記・一般

沢山集まった皆の気持ち
今朝、(社)館山青年会議所の皆さんの手により被災地にむけ発送された物資。

昨日までの三日間、千倉、白浜、館山の3箇所で受け付けて
皆さんにご協力頂いた物資です。

私は昨日白浜の受付スタッフとしてお手伝いさせて頂いたのですが、
平日も館山の受付場所にも出入りしていたので
沢山の物資が運び込まれるのを近くで見ることが出来ました。

少しでも、自分に出来る事を何かしたい、という皆さんの気持ちが
沢山集まって形になっていました。

お米    1.7t
水     ダンボール18箱
ドリンク類 ダンボール10箱
缶 詰   ダンボール 5箱
レトルト食品 ダンボール3箱
...袋入りラーメン ダンボール3箱
お菓子   ダンボール5箱
サランラップ・アルミホイル ダンボール5箱
使い捨て容器類 ダンボール7箱
包帯・常備薬等 ダンボール3箱
ティッシュ・トイレットペーパー ダンボール30箱
歯ブラシ・歯磨き粉 ダンボール3箱
シャンプー・石鹸 ダンボール5箱
生理用品  ダンボール6箱
懐中電灯  ダンボール1箱
電池    ダンボール1箱
カセットコンロ、ガス ダンボール4箱
マスク   ダンボール4箱
カイロ   ダンボール8箱
離乳食、粉ミルク ダンボール1箱
おむつ   ダンボール26箱
おしりふきなど ダンボール5箱
文具など(IT推進協議会の皆さまの手配で宅急便にて岩手大学に直送)

その他 ダンボール27箱

被災地の皆さんが少しでも笑顔になってくれたらいいな。



館山のマスコットキャラクター、ダッペエ君の募金活動
明日で最後です。
ダッペエと共に時々募金活動に参加しているけど
募金して下さる皆さんがほんまに優しい!

頑張ってるね、偉いね、と声をかけながら募金してくれて
ボランティアで参加してくれた子供達一人ひとりに
お菓子を差し入れてくれる方も多々おられます。



館山や南房総では津波などの被害はありませんでしたが、
花摘みやイチゴ狩りの時期に観光客が来なくなってしまい
農家さんやホテル、旅館、レストランの方々は本当に大変だと思います。


昨日都内から泊まりに来てくれた友達。
かなり白浜を気に入って楽しんで行ってくれました。

一緒に海辺を歩いたり、白浜城跡の展望台まで歩いて行って
ちょっとしたハイキングを楽しんだり、温泉に行ったり。
近いうちに舞い戻って来る確立120%です・笑

来週末は桜も見ごろになりそうなので、
是非沢山の方に遊びに来てほしいです。








Earth Hour 2011
昨夜はアースアワーで、8時半から9時半までが
消灯時間でした。

もともと温暖化防止キャンペーンとして
2007年に始まったものだそうですが
今年は参加各国が被災地に向けて黙祷を捧げ、
追悼演奏などを行ってくれたようです。


私は1人キャンドルナイトをして過ごしました。
キャンドルは好きやけど、なかなか使う機会が無かった。

ランプ

震災後、キャンドルの出番がやって来て、
キャンドルの灯りの中でストレッチ、ヨガ、瞑想をして
過ごす時間はすごく贅沢で心地良かった。

昨日のキャンドルナイトも、おにぎりとお味噌汁を準備して
日が暮れるのを心待ちにし、キャンドルに火を灯して凄しました。

写真はモロッコランプと、小さい方がエジプトのラマダンランプ。
ラマダンランプは点灯と共にアラビックミュージックが鳴り響きます♪


夜景

こちらは我が家のテラスから見える夜景。
吸い込まれるような真っ暗な景色に時々車のライトが見えます。
吸い込まれるような暗さが好きやけど、
写真に撮ったら暗過ぎたから、マンションの明かりを入れて撮ってみました。


今回サハラ砂漠のキャンプに行った時、
ノマドテントに電気のスイッチがある事にびっくりした。
スイッチを押すと、テント内に電気が点くんです。
当たり前っちゃぁ当たり前やけど...

でもだからって凄い夜景が繰り広げられる訳でもなく、
やっぱり主役は満点の星空。


これからは月に一度、saharaを思い出しながら
キャンドルナイトをしようと思う。
モロッコでの無計画停電や断水は普通な出来事で、日常やった。
電気が消えたら、普通に蝋燭を取り出した。

あの時の事を思い出しながら、
電気の無い、揺れる蝋燭の灯りの中で
自分だけの大切な時間を過ごせるなんて、
すごい贅沢やと思う。

忙しい忙しいって勝手に決め付けて、思い込んで、
そんな贅沢な時間をいつも先送りにしてたけど、
これからは最低月一回、キャンドルナイトで贅沢を味わう。
そして節電&節約が出来るなんて、いいこと尽くしや♪










癒しのもんちゃん
体調悪くて寝込んだ時に癒してくれたもんちゃん。

もんちゃん

ぬいぐるみと仲良しこよし♪

もんちゃん

もんちゃん

皆も癒された?

LOVE 機内食
成田〜アブダビ間の機内食

飛行機大好き、機内食も大好き。
機内ではいつも映画と機内食を堪能します。

今回初めてエティハド航空を利用。
成田〜アブダビ間の機内食。
アラカルトのペンネパスタ。

朝食はアラカルトのミックスハーブオムレツ。


メニュー

デザートは、りんご、レーズン、シナモンのクランブル
ヴァニラカスタードと、カプチーノ。



アブダビの空港

アブダビにてトランジット。
9時間35分も時間があるが、すること無し。


トランジットエリアは結構狭くて、見るお店も少ない。
横になれるベンチに陣取って、お見送りをしてくれた
ももたろうさん差し入れの“豆乳あずきの大あくび”を頂く。



アブダビ〜モロッコ間の機内食

アブダビ〜モロッコ間の機内食。
ラムのケフタとマッシュポテト。
ハイネケンも飲んじゃった。

デザートはチェリークランブルとヴァニラカスタードを
紅茶と一緒に。



アブダビ近辺

アブダビを飛び立った後の景色。


モロッコ〜アブダビ間の機内食

モロッコ〜アブダビ間の機内食。
オムレツとチキン、ポテト添え。
赤ワインと一緒に。


アブダビ〜日本間の機内食

アブダビ〜日本間の機内食。
ベジタブルラザーニャを白ワインと一緒に。
デザートはカプチーノとパイナップルと生姜のクランブル。

朝食はオムレツとチキン、大豆のトマトソース煮込み。


エアーアラビアのメニュー

こちらはモロッコ〜エジプト間のエアーアラビアのメニュー。
有料。
しかもユーロ!
勿論、オーダーしてません。


エミレーツは違ったけど、エティハドもエアーアラビアも
離陸前にコーランが機内に流れました。




ドギマギしながら
久し振りに早起きして、白浜からバスで館山へ。
館山から蘇我まで特急電車に乗ってんけど、
白浜からバスで館山に行くのも初めてなら
特急電車に乗るのも初めて。

切符の買い方も、どの車両が自由席なのかも、
何も解らずあたふたして駅員さんに教えを請う。
日本やのに、まだどこかを旅して
初めての事にドギマギしている感じ。


成田空港

無事蘇我駅でももたろうさんと合流して、向かった先は成田。
ちょっとインドに行こうと思って。



じゃなくて・苦笑
本日お戻りの踊るらくだ様をサプライズでお出迎えに。

今日帰国するとは聞いていたけど、
何処の航空会社で何時着の飛行機かは聞いていなかった。

ほんまにこの飛行機に乗ってるんやろうか?

と不安になりながらも、この間私もここに降り立ってんなぁ
などと思い出しながら出てくる人をチェック、チェック、チェック。



寿司!

無事、見逃さずにらくだ様を発見し
14時にお昼の部を終了するといえう、
ももたろうさんお勧めのすし屋に駆け込む。

輝くお寿司が美しい!
カニ入りの温かいお味噌汁はほっこりするし
ガリが辛すぎず、さっぱりしてて美味しい。
勿論、メインのネタも。

奥に見えてるイクラ、ウニ、サーモン、たまごは
私とらくだ様の追加分・笑


ミナレット?!

らくだ様を乗せてご自宅へとお送りする際、

ミナレット?!

て思った建物は、久し振りに見たスカイツリーでした。
ミナレットっぽくない?


From Egypt 世界への手紙
2011年1月27日 木曜日
世界への手紙
みなさん、
今日、私は皆様に、エジプトで本当はいったい何が起きているかを知らせたくて手紙を書いています。1月25日に火が付いたデモは、自分にふさわしい人生を送る権利を求める国内の青年たちによって組織されました。大統領を含む政府はそれを否定し、ムスリム同胞団のような反政府組織が行った行為だと主張しています。でも、いいですか、これはどこかの対立党派の行動ではありません。社会全体の行動です。理由は以下の通りです。
 
ホスニー・ムバーラク(今年83歳)は 1981年からエジプト大統領でした。それがいったいどのようなものか、私たちの身になって想像してみてください。ムバーラクは私と私の友人誰もが生まれる何年も前から大統領でした。私が小学生のときも、中学・高校のときも、大学生のときも、結婚したときも息子が生まれたときも、ムバーラクはずっと大統領でした。単にムバーラクだけが「私の人生まるごと」と同じあいだ大統領だっただけではなく、取り巻き連中までみなそうだったのです。アフマド・ファトヒー・スルール(今年79歳)は 1986年から大臣で、1990年からの 21年間ずっと議会の指導者[人民議会(下院)議長]でした。サフワト・エル=シャリーフ[現上院議長]は 1980年代から、他の者たちもみな、私たちが生まれる前から政府の中枢にいて、いまでもその地位にとどまったままです。
 
国の状態はどこもかしこも、ほとんどの人にとって悪化の一途をたどっていました。教育、報道、経済などすべてが間違った方向に向かっており、私たちが生まれたとき以来ずっとそうでした。一般のエジプト人がどんな生活をしているかにかかわらず、政府は独占企業がもっと利益を上げられるように「改革」してきました。それと同時に、1981年からずっと「非常事態宣言」が機能していて、必要と見なされれば誰でも、国家安全保障上の理由により裁判抜きで身柄を拘束することが認められてきたのです。さらに、選挙では不正が行われ、そのうえで、なお真実の声を発表するどのような表現形式を認めることさえ拒否しています。大学の学生組合の選挙にまで不正が行われ、骨の髄まで堕落しきっています! ありとあらゆる分野の指導者たち、知事、大学長、工場長さえもが現役か退役した将軍です。社会のあらゆるレベルでの腐敗はいうまでもありません。失業率は、特に若者の間であまりに高く、また貧困が蔓延して国民の半分以上が貧困ライン以下で暮らしています。ほかにもまだ、ここに書き切れないたくさんのことがあります。
 
けれど、いまこそチェンジの時です! 私たちは今までずっと警察や治安当局を恐れていました。裁判なしで私たちを拘禁し、拷問しても殺しても問題にならないことを知っていたからです。でも、もうたくさんだ! 私たちは待って、待って、いつかは正されると30年間むなしく待ちました。この前の議会選挙では、かつてない規模の不正が行われ、ムバーラクにさらに一期――あと 6年間か、あるいはかれが死ぬまで――大統領の任期を与えるお膳立てがされました。私たちは可能な限り平和的な手段をとろうとしましたが、自由声明に署名することさえ追放の理由とされ、追及されました。私たちに選択の余地はなかった。より良く生きること、子どもたちのためにより良い人生を用意することは、私たちの権利です。
 
だまされてはいけません。人々を動かしているのはどこかの野党やイスラーム主義者ではありません。社会全体が、なかでも特に私たち若者が動いているのです。私たちは平和的にデモをしていますが、政府はごろつきや悪党を雇って抗議者のあいだに潜入させ、問題を引き起こさせて、それをわたしたちのせいにしようとしています。政府は容赦なく私たちを叩き、ネットやメディアを検閲し、ほんものの銃弾やゴム弾、催涙ガスで攻撃し、何百という抗議者を拘禁したり多くの人たちを殺傷しています。これは本物の戦いで、しかしほとんど一方的な戦いです。私たちは警官が同胞であることを知っています。ただ「命令に従っているだけ」です。私たちはできる限り、どんな場合においても警官たちを傷つけるのを避けています。
 
親愛なるアメリカの仲間のみなさん
 
あなたがたの政府は30年にわたり、ムバーラク大統領に最大の支援を提供してきました。武器と催涙ガスで国家安全保障体制を支えています。米政府は、私たちの国に毎年 16億ドルに及ぶ資金を与えていて、それは腐敗したエジプト政府の中で主にさまざまな形の賄賂として使われています。あなたがたの「民主的な」祖国はイスラーム主義者を恐れるあまり、我々の政府を支援しています。いいですか、怖いものなどないんです。イスラーム主義者についてのあなたがたの見解は事実に反し、間違いだらけですが、その話はまた後日。私たちのリーダーを選ぶことは私たち自身の権利であるという一点において、あなたがたの支援を望みます。私たちを支援し、上院議員や下院議員にエジプト政府を支援するのをやめるように言ってください。私たちを支援し、自由はパンよりも重要である と世界に伝えてください。私たちを支援し、30年続いている政府を追放するのを手伝ってください。もしもあなたの孫たちが、いまと同じ支配者を目撃するとしたら、あなたがどのように感じるかをぜひ想像してください!
 
親愛なるヨーロッパの仲間の皆さん
 
あなたがたのリーダーはエジプトの状況を気にかけています。ムバーラクが腐敗していることを知っていて、それゆえに心配しています。わたしたちがひどい圧政の下にいることを知っていて、その状態が続くことを望んでいます。あなたがたのリーダーは、ローマ時代から、英国による最後の植民地支配が終わるまでずっと、エジプトを監視していました。けれども、自分たちの国を治め、自由がどれほど貴重であるかを自分たちの子どもに教えるのは、私たちの権利です。リーダーと政府を選ぶことは私たちの権利です。そして私たちを支持するのは、あなたがたの人道的責務です。あなたの国のリーダーに対して、私たちを支援すると言ってください。エジプト大使館に行って、あなたの支持を示してください。私たちの大義について人々に話し、そして、私たちが、自分たちの権利、生まれてこのかたずっと抑圧されてきた自分たちの権利を手に入れようとしているだけであることを知らせてください!
 
親愛なる世界の皆さんへ、
 
これは、あなたが本当は何者であるかを試される瞬間です。あなた自身の真実の瞬間です。あなたの良心はまだ生きていますか。あるいは、あなたは人間性よりも利害関係を重んじますか? あなた自身の尊厳を証明し、私たちが人間性の回復を要求することを手伝ってくれるでしょうか。それとも、戦車が我々を轢(ひ)くのを、脇に立ってただ見ているだけでしょうか? それはあなたが決めることですが、覚えておいてください。それはあなたが一生抱えていくことになる何かであり、いつかあなたはこの件で子供たちと正面から向き合わなければならないかもしれません。
 
お声が聞こえるのを楽しみにしています。
エジプトの一青年より


Translators United for Peace
平和をめざす翻訳者たち より

From Egypt 世界への手紙
2011年1月27日 木曜日
世界への手紙
みなさん、
今日、私は皆様に、エジプトで本当はいったい何が起きているかを知らせたくて手紙を書いています。1月25日に火が付いたデモは、自分にふさわしい人生を送る権利を求める国内の青年たちによって組織されました。大統領を含む政府はそれを否定し、ムスリム同胞団のような反政府組織が行った行為だと主張しています。でも、いいですか、これはどこかの対立党派の行動ではありません。社会全体の行動です。理由は以下の通りです。
 
ホスニー・ムバーラク(今年83歳)は 1981年からエジプト大統領でした。それがいったいどのようなものか、私たちの身になって想像してみてください。ムバーラクは私と私の友人誰もが生まれる何年も前から大統領でした。私が小学生のときも、中学・高校のときも、大学生のときも、結婚したときも息子が生まれたときも、ムバーラクはずっと大統領でした。単にムバーラクだけが「私の人生まるごと」と同じあいだ大統領だっただけではなく、取り巻き連中までみなそうだったのです。アフマド・ファトヒー・スルール(今年79歳)は 1986年から大臣で、1990年からの 21年間ずっと議会の指導者[人民議会(下院)議長]でした。サフワト・エル=シャリーフ[現上院議長]は 1980年代から、他の者たちもみな、私たちが生まれる前から政府の中枢にいて、いまでもその地位にとどまったままです。
 
国の状態はどこもかしこも、ほとんどの人にとって悪化の一途をたどっていました。教育、報道、経済などすべてが間違った方向に向かっており、私たちが生まれたとき以来ずっとそうでした。一般のエジプト人がどんな生活をしているかにかかわらず、政府は独占企業がもっと利益を上げられるように「改革」してきました。それと同時に、1981年からずっと「非常事態宣言」が機能していて、必要と見なされれば誰でも、国家安全保障上の理由により裁判抜きで身柄を拘束することが認められてきたのです。さらに、選挙では不正が行われ、そのうえで、なお真実の声を発表するどのような表現形式を認めることさえ拒否しています。大学の学生組合の選挙にまで不正が行われ、骨の髄まで堕落しきっています! ありとあらゆる分野の指導者たち、知事、大学長、工場長さえもが現役か退役した将軍です。社会のあらゆるレベルでの腐敗はいうまでもありません。失業率は、特に若者の間であまりに高く、また貧困が蔓延して国民の半分以上が貧困ライン以下で暮らしています。ほかにもまだ、ここに書き切れないたくさんのことがあります。
 
けれど、いまこそチェンジの時です! 私たちは今までずっと警察や治安当局を恐れていました。裁判なしで私たちを拘禁し、拷問しても殺しても問題にならないことを知っていたからです。でも、もうたくさんだ! 私たちは待って、待って、いつかは正されると30年間むなしく待ちました。この前の議会選挙では、かつてない規模の不正が行われ、ムバーラクにさらに一期――あと 6年間か、あるいはかれが死ぬまで――大統領の任期を与えるお膳立てがされました。私たちは可能な限り平和的な手段をとろうとしましたが、自由声明に署名することさえ追放の理由とされ、追及されました。私たちに選択の余地はなかった。より良く生きること、子どもたちのためにより良い人生を用意することは、私たちの権利です。
 
だまされてはいけません。人々を動かしているのはどこかの野党やイスラーム主義者ではありません。社会全体が、なかでも特に私たち若者が動いているのです。私たちは平和的にデモをしていますが、政府はごろつきや悪党を雇って抗議者のあいだに潜入させ、問題を引き起こさせて、それをわたしたちのせいにしようとしています。政府は容赦なく私たちを叩き、ネットやメディアを検閲し、ほんものの銃弾やゴム弾、催涙ガスで攻撃し、何百という抗議者を拘禁したり多くの人たちを殺傷しています。これは本物の戦いで、しかしほとんど一方的な戦いです。私たちは警官が同胞であることを知っています。ただ「命令に従っているだけ」です。私たちはできる限り、どんな場合においても警官たちを傷つけるのを避けています。
 
親愛なるアメリカの仲間のみなさん
 
あなたがたの政府は30年にわたり、ムバーラク大統領に最大の支援を提供してきました。武器と催涙ガスで国家安全保障体制を支えています。米政府は、私たちの国に毎年 16億ドルに及ぶ資金を与えていて、それは腐敗したエジプト政府の中で主にさまざまな形の賄賂として使われています。あなたがたの「民主的な」祖国はイスラーム主義者を恐れるあまり、我々の政府を支援しています。いいですか、怖いものなどないんです。イスラーム主義者についてのあなたがたの見解は事実に反し、間違いだらけですが、その話はまた後日。私たちのリーダーを選ぶことは私たち自身の権利であるという一点において、あなたがたの支援を望みます。私たちを支援し、上院議員や下院議員にエジプト政府を支援するのをやめるように言ってください。私たちを支援し、自由はパンよりも重要である と世界に伝えてください。私たちを支援し、30年続いている政府を追放するのを手伝ってください。もしもあなたの孫たちが、いまと同じ支配者を目撃するとしたら、あなたがどのように感じるかをぜひ想像してください!
 
親愛なるヨーロッパの仲間の皆さん
 
あなたがたのリーダーはエジプトの状況を気にかけています。ムバーラクが腐敗していることを知っていて、それゆえに心配しています。わたしたちがひどい圧政の下にいることを知っていて、その状態が続くことを望んでいます。あなたがたのリーダーは、ローマ時代から、英国による最後の植民地支配が終わるまでずっと、エジプトを監視していました。けれども、自分たちの国を治め、自由がどれほど貴重であるかを自分たちの子どもに教えるのは、私たちの権利です。リーダーと政府を選ぶことは私たちの権利です。そして私たちを支持するのは、あなたがたの人道的責務です。あなたの国のリーダーに対して、私たちを支援すると言ってください。エジプト大使館に行って、あなたの支持を示してください。私たちの大義について人々に話し、そして、私たちが、自分たちの権利、生まれてこのかたずっと抑圧されてきた自分たちの権利を手に入れようとしているだけであることを知らせてください!
 
親愛なる世界の皆さんへ、
 
これは、あなたが本当は何者であるかを試される瞬間です。あなた自身の真実の瞬間です。あなたの良心はまだ生きていますか。あるいは、あなたは人間性よりも利害関係を重んじますか? あなた自身の尊厳を証明し、私たちが人間性の回復を要求することを手伝ってくれるでしょうか。それとも、戦車が我々を轢(ひ)くのを、脇に立ってただ見ているだけでしょうか? それはあなたが決めることですが、覚えておいてください。それはあなたが一生抱えていくことになる何かであり、いつかあなたはこの件で子供たちと正面から向き合わなければならないかもしれません。
 
お声が聞こえるのを楽しみにしています。
エジプトの一青年より


Translators United for Peace
平和をめざす翻訳者たち より

Dear Egypt
peace&freedom
今回予定外にエジプトにも行って来ました。
アラビア語やアラブ的な物がモロッコ以上にありそうな気がしたし
カイロ在住の親友、モロヘイヤにも会いたかったから。

毎日彼女の家からメトロでタハリール広場まで行って、
そこからザマーレックやアタバ、スヴェーラ門やハーンハリーリまで
歩いて散策した日々。
モロッコと違って中国人!と声をかけられる事もなく、
モスクや古い町並みを歩くのはほんまに楽しかった。


でも、私がエジプトを出てからモロヘイヤから受け取ったメールには

今頃来てたらタハリールもアタバも全く行けなかった事でしょう。
てくてく歩いたザマーレックからタハリールまでの辺りは毎日デモ隊と治安部隊が衝突してて、超危険地帯になってます。


という内容。
1月30日付けAFPの記事では、死者が100人を超えているとのこと。

アルジャジーラの放送電波の送信も停止され、
電話も繋がらない、もしくは繋がり難い?状況で
外との繋がりを遮断されているようです。


ついこの間まで、少なくとも旅行者の私にとっては本当に平和で
親切なエジプト人の心に沢山触れてきたばかりなので、この展開には本当に驚きました。
でも微かにですが、私にも火種は見えたので、国民の積もった想いが爆発するのは当然ですよね。


アレキサンドリアの空港からホテル探しまで付き合ってくれた人々。
カイロでお世話になったモロヘイヤとその家族。
ナイル川の中州まで船の往復を買って出てくれたおじさん。
女性専用車両で席を譲ろうとしてくれた女性達。
農場を案内してくれた人々。
空港まで車に乗せてくれたおじさん。
お店の人、駅や電車、バス停や道端で助けてくれた人達。

皆さん、お元気ですか?
Peace and Freedom to Egypt
今回エジプト入りを目前にして、入れずにいる友達。
踊るらくだ様の言葉を拝借しました。

Peace and Freedom to Egypt!!